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「医師逮捕・実態と背景」 〜医療は、法的リスクに耐えられるか〜
弁護士: 今日は先生に「割りばし事件」の際に先生がとった姿勢、立ち居についての考え方などを中心にお聞きしたいと思います。まず初めに、先生は最初から医学部をご志望だったんですか?

医師: そうですね。父は京都大学医学部出身で、戦後母の実家のある栃木県に戻り開業しておりました。当時県内で京大出身の医師は数人程しかおらず、学閥が幅を利かしていた時代でしたから、近隣の病院に患者さんを紹介しようとしてもスムーズに行かないこともありました。周りに医師が多かったので子供のころから漠然と医師になろうと思っておりました。父は私に京大に行ってほしかったようですが、私は京都にはなじめそうになかったので、関東の大学を選びました。

弁護士:現在の医療連携は、昔とは全く異なりますね。では、先生のご専門というのはどういう動機で決めたのですか?

医師:私の父は、私が大学を卒業するまでに2回ほど軽い脳梗塞を起こし言葉も少し不自由になりました。当時は医師の休業補償保険などというものがなかったので、開業医は倒れたら終わりという状況でしたし、弟もいましたから、医師として早く一人前にならなくてはと思っていました。
父は耳鼻咽喉科の開業医でしたから、とりあえず耳鼻科の設備がそろっているので、耳鼻科の助教授のところに行きまして事情を説明し、耳鼻科に入ったらどのくらいで一人前になれるか聞いたんですね。そしたら2年もあれば十分だろうと。今考えるとずいぶん無茶な感じもしますが、そんなわけで耳鼻科に入局しました。幸いなことに、入局してしばらくすると父の言語障害もほとんど改善し調子が良くなり、すぐに開業医をしなくても良くなったので、35歳のときアメリカに留学することにしました。

弁護士:日本とアメリカのカルチャー、あるいは医学の世界、考え方の違い等、何かお感じになった事はありますか?

医師:私はミネソタ州ロチェスターにある「メイヨー・クリニック」という所でお世話になりました。
日本で言う「クリニック」は診療所のイメージがあるかと思いますが、メイヨー・クリニックはアメリカを代表する大病院で、メイヨー兄弟が19世紀末に父親と一緒に設立した病院です。私がいたころにはメイヨー医科大学が併設されていました。
実は留学する前に、アメリカでトレーニングを受けて専門医の資格を持っていた親しい先輩に、日本人は器用だから手術は日本人のほうが向こうの人よりも上手いんじゃないんですか?と尋ねたところひどく怒られました。無知ほど怖いものはありませんね。メイヨーに行って驚いたのは、臨床に専念する姿勢とそのレベルの高さで、当時の日本の人たちと比べると格段に優れており、己の無知を恥じました。私の技量とメイヨーのドクターの技量の差の大きさにショックを受けました。日本の場合は、当時、外科であっても臨床よりも研究のほうが評価される傾向にありました。もちろんアメリカでも研究は盛んに行われておりましたが、アメリカの場合はなんと言ってもやはり臨床が中心でした。
当時、病棟医長をしていましたし、そこそこ自分はできると思っていたわけです。
特にメイヨー・クリニックというのは臨床重視のところでした。私は一応耳鼻科を10年ほど経験してますから、メイヨーのスタッフも私の手術の手伝いを見て医者らしいと言ってくれましたが、何年やったらここの人たちのレベルに到達するのかと思うと、とてもショックでしたね。
私に関して言えば、臨床は日本で一通りこなしておりましたものの、自分の中では日常の臨床において疑問を持ちながらも深く追求せず何とはなしに対応していたり、また周りの先輩に聞いても明快な答えが返ってこないような場合もそのままにしていたきらいがあり、メイヨーに留学したことで「ここはこうやってクリアするんだ」「こういうやり方もあるんだ」と目からうろこが落ちるといった経験が少なくありませんでした。大変有意義な留学でした。
滞在はわずか1年間でしたが、この1年間が私の人生を変えました。そこで得た経験は、帰国後、少なくとも6、7年間くらい最新の知識や技術として有効でした。




コラム集

1. 「医師逮捕・実態と背景」(1) 「医師逮捕・実態と背景」(2)
2. 働いている職員がハッピーに 働いている職員がハッピーに(2) 働いている職員がハッピーに(3)
3. 男と女の法律学
4. 医療刑事事件!
5. キャリアアップの原点を辿る
6. 優れた『チーム』に育てるために
7. 腫瘍放射線学の分野(1) 「医師逮捕・実態と背景」(2) 「医師逮捕・実態と背景」(3)
8. 穏やかな看取りの場所を確保するために